2021年10月1日

子どもの眠りと成長  

子どもの眠りと成長    

2021年10

竹田 真木生

 

いやなコロナが少しずつなりを潜めてきました。かな?

 

 気が付けば山裾の百合の花が終わり、田んぼの縁にはヒガンバナが咲き誇り、今これも終わり、垂穂が秋の通過を告げています(今年は天候不順で刈り取りも難儀しているようです)。私が飼っているミツバチの巣群に、たくさんのスズメバチが波状攻撃をかけてきます。飼い主としては、トラップを置いて防ぐのですが、間に合わないので、飛んでくる蜂をテニスラケットで迎撃します。昨日などは、打ち損じたスズメバチが首のところから胸の方に入ってしまって、焦ってしまいましたが、こういう時は不動にするというのが鉄則なので、じっとしていたら外に出て難を逃れました。もう少し根性のある蜂だったら危なかったのに。

 

 秋は、読書や食欲が進むだけではなく、子供たちにしっかりした睡眠のしつけをする大事な時期です。子供たちの生活習慣のうちでいちばん大事な一つのことは睡眠習慣ですが、適切な睡眠習慣をつけるというのは、なかなか親や教師にとっても難しい問題です。それぞれの個人は固有の周期をもっていて、比較的周期の短い子はリズム位相(例えば起床あるいは就寝)が前の方に進むが、多少その周期の長い子は、同調が難しい、そういう遺伝的なばらつきも持っています。しかし、全体として、睡眠の科学と、その子供たちの人格形成や学習態度などへの影響の解明が進んできて、子供の生活習慣におけるそれらの重要性が再確認されるようになってきました。

 

 午前中の明るい光に浴びることは位相設定に重要です。仮眠もうまくすれば学習効率を高めますが20分を越えないことや、効果的な時間帯があるという基本的な技術的なコツを身に着けておくとよいでしょう。脳波や睡眠動態の解析(休息眼球運動をともなうREM睡眠の発見から4段階の睡眠フェーズの解明など)と、脳の活動性に関する非破壊での研究手段(超音波、PET, MRI,など)の進歩が、これらの解明に推進力を与えています。また、睡眠が生物時計の支配下にあり、24時間、12時間、2時間の周期要素に支配されていることなどもわかってきました。生物時計の分子機構については、2017年に3人の研究者にノーベル賞が与えられましたが、24時間を刻む時計機構そのものの解析から、時計と食事や睡眠、代謝、ストレスなどの周辺的な現象とのクロストークに関心が広がってきました。気温や夜昼の光条件(自然現象)への生物時計の同調だけではなく、食事や睡眠、社会的なストレスなどによる影響も生物時計に反映され、それがまた情動や、体温調節、社会性、生産性、記憶などあらゆる人間生活にフィードバックし大事なパフォーマンスに影響が表れてくる様子がクローズアップされ始めました。

 

 私たちの研究グループも、今年はこの分野で2つの重要な研究成果がありました。1つ目は、ハスモンヨトウというアジアには最近入ってきた、ゾンビのような害虫で何でも食べて特に野菜類を収穫もできないくらいボロボロにしてしまいます。この害虫は、大陸から日本に飛来してくるのですが、ヨトウムシと呼ばれるだけあって、夜に土の中から現れて野菜を攻撃します。昼は寝ていて人が休む夜しか現れないから、殺虫剤散布にもさらされないし、鳥など大部分の昼行性の天敵捕食者の攻撃からも逃れます。殺虫剤抵抗性遺伝子の蓄積によって殺虫剤をどんなにかけても退治できません。最近は、ゲノム情報の解析が容易になってきたので、この害虫の全ゲノムを読み、特に解毒のために働く遺伝子の発現がどのように制御されているかを調べました。その結果、この害虫は、夜起きてきて地上に現れ暴食し、昼は隠れますが、食べたものを隠れている日中に分解するというようなジキルとハイドのような生活をしていることがわかりました。休んでいるようですが非常に能率的な生活をしているのです。このような特徴をよく理解したうえで害虫防除が行われることで農薬の散布も減らせることが可能になります。この研究はNatureという有名な雑誌の姉妹誌(電子版だけ)のCommunications Biologyという雑誌に発表されました。

 

 2つ目は、メラトニンというインドールアミン(トリプトファンというアミノ酸の代謝物)で、この物質は生物時計の同調を促進する物質として、はじめは鳥の松果体(pineal organ)で見つかりました。その後、高等植物やゾウリムシなどの原生動物まで生物時計の調節にかかわる物質として注目されてきたものですが、なぜか昆虫では同様の生理作用が長いこと保留されてきました。私たちはこの物質の合成酵素(aaNAT)の動態についてその遺伝子クローニングから発現調節、そしてその受容体遺伝子のクローニングと相互作用を調べ、昆虫にもメラトニン代謝機能が生理機能の調節に重要だということを確かめました。aaNAT遺伝子の発現は生物時計の重要な調節因子によって転写制御され(clock-controlled-gene=ccg)、合成された酵素がインドールアミンの代謝をセロトニンからメラトニン合成にシフトさせることでメラトニンが行動や発生過程の下流に働く神経細胞のメラトニン受容体に信号を与えます。それがカルシウムイオンを動員してカルシウム依存的なリン酸化酵素を活性化し、それによって、下流の細胞から神経分泌が起こったり、ニューロンの興奮が引き起こされます。セロトニンとメラトニンの関係は“陰陽”の関係で、aaNATがこの切り替えを行います。この成果は、Journal of Pineal Researchという14.7という高いインパクト・ファクターの雑誌に発表されました。

 

 こうして、人や他の生物で共通にみられる機能の調節に共通の遺伝子が使われている例が多数報告されてきていますが、それならば、人よりかかわる神経細胞の数が少なく単純なシステム=昆虫で研究を進めるメリットはあるわけです。睡眠もこうした共通の機能の一つですが、私たちはコオロギの眠りについて研究もしています。動物の眠りの定義として、特徴的な脳波の他に、いつも同じ場所で同じ姿勢で、同じ時間に眠るというものがありますが、コオロギの眠りはこれに当てはまります。睡眠不足は、次によく寝て回復されるという基準もあります。コオロギの脳波をまだ図る技術はありませんが、それでもなぜ動物は眠るのかということを考えるとき、代謝の調節仮説というのがありますが、この代謝の制御には、昆虫材料は非常に適しています。人間は恒温動物で、体温が大きく下がると死んでしまいますし、制限給餌というのも人道的に認められにくいことですが、変温動物である昆虫の場合は温度を変えることで代謝率が顕著に変わるし、2日おきの給餌、3日おきの給餌というような実験も可能です。また季節的な調節を受けるものでは昼、夜の長さを変えてやると光周性によって発育速度が2倍になったり3倍になったりする種があります。睡眠薬やメラトニンもヒトで用いられるものがコオロギでも睡眠誘導を起こしますし、カフェインは活動性を高めます。メラトニンは一時「魔法の薬」と呼ばれたことがありました(アメリカではDrug storeで売っています)。睡眠の誘導だけでなく、老人の認知症の改善、活性酸素を除く、したがって寿命の制御をする、不登校の子供が回復する、昼夜の交代勤務のストレス緩和、ジェットラグの解消、皮膚の老化抑制、情動のかく乱を防ぐ、等々。コオロギでも睡眠の同調にメラトニンは有効です。私たちの研究は、夜行性と摂食時間の関連性を示しました。制限給餌や飢餓にさらすとコオロギは余計眠るのです。

 

 睡眠の調節機構と機能をよく理解することで、子供の社会生活をスムーズにすることが可能になります。スマホやゲーム機、テレビ、夜の照明、深夜営業、騒音など子供の生活をかく乱する因子が増えていますが、上手に眠気を誘導することは、無理なく社会生活になじみ、教育的なパフォーマンスを改善するうえで、ますます重要になってきています。事故(チェルノブイリや、スリー・マイルアイランド原発を含む)の発生や、いろいろな社会的不適合がリズム障害によるというデータも蓄積してきています。

 

 この分野は急速に進んでいるところですが、あまり私が詳細に書いても混乱するので、次の本をお勧めします。優しく、簡潔に、最近の睡眠科学(夢の機能や制御機構を含め)の進歩を解説しています。小学生のデータまでは紹介されていますが、幼稚園児についてはデータがないのは残念です。一度私たちもしっかり科学的な分析をやってみるべきだと思います。皆さんのご希望があれば、調査項目をまとめてみますのでおっしゃってください。子供の成長にとってこの時期はかけがえのない時期だということだけ申し上げておきます。テレビやスマホには嗜好性があり、外から習慣性(時間的なものも含め)を強要する性質がありますが、なければないでどうということもないものです。様々な習慣がこの時期に形成され、それがその後の社会的適応性を決定的に変えてしまう可能性があるということに注意をいたしましょう。外部の支配されない力を子供の中に育てておかなければならないと思います。

 

 

 堀忠雄著 「眠りと夢のメカニズム」―なぜ夢を見るのか?睡眠中に脳が育つのか? サイエンス・アイ新書(ソフトバンク クリエイティヴ)本体価格900円(内容:第1章:眠りのメカニズム、第2章:夢のメカニズム、第3章:睡眠中の不思議あ行動と生理現象 第4章:睡眠時間と記憶学習、第5章 生体リズムと睡眠)。全部で222頁ですから、すぐに読めるし、図もわかりやすく豊富です。