2018年11月5日

10月のお話 その2

 

続きー  

 

 シカゴ早朝発便はアトランタに10時過ぎにつきました。アメリカは4つの時間帯があり、西海岸と東海岸に3時間の時差があり、乗り継ぎ時間などの注意が必要ですが、時間の間違いなどもなく、ここはすっと着きました。近年アトランタは乗降者数世界最大という空港なので、大きな場所で、レンタカーの出し入れ、国内便国際便の発着にモノレールまたはバスを利用しなければなりません。道路もスパゲッティのように走っていて、前回、前々回苦労した記憶がありましたので、今回はカーナビもつけてもらうことにしました。ところがこのカーナビ、日本語という選択もあるのですが、いささか古いタイプで反応が鈍く、次に出口がありますというのはよいがどうしろと言わないのです。しかもその辺の車はみな70マイル以上で走っていて、片側4車線くらいありますので、いきなりの判断は事故を超す危険があります。そして問題は時々変な指示を出すことです。一度方向を間違うと違う州に行ってしまったりするので、その辺の判断が難しく、2度大きく道をそれてしまったことがありました。

 

 アメリカシロヒトリの東海岸における分布は大体頭に入っています。いつ頃どこへ行けば何が採れるというのはわかっていました。今回の場合は、赤の年2世代地帯です。1世代地域の赤はもう幼虫時代を終えています。それでこれを狙っても巣は空で話になりません。年1世代地域と2世代地域の境界はジョージアとフロリダの州境よりちょっと北にあるということはこれまでの調査で知っていました。ですからこの南、すなわちフロリダ北部が主戦場となります。それで一気に南にさがり、オカラという半島中部の町に向かいました。途中にはあまり巣は見かけませんでした。前回採集したのはオカラからゲインスビル(フロリダ大学があるところ)の間です。そこをターゲットに絞り、北上していくと、前回と同じ家の前庭に巣がかかっていました。前回は採らせてもらおうと呼び鈴を鳴らしても応答がなかったところですが、今回は住人が出てきたので事情を説明して採らせてもらいました。67歳が木に登るのです。人の家の前庭で、無許可でこういうあからさまなことをやると、撃たれる可能性もあり、注意が必要です。赤頭の幼虫6巣を採りました。

 

 さらに北上するとゲインスビルを離れる手前のところで、黒頭の巣を見つけました。これを、100均の洗濯用の網バッグに入れて運びます。オカラのモーテルに夕方つくと、裏庭または中庭にアルマジロが出てきました。この動物は甲冑をきた有袋類ですが、結構運動能力が高く、泳げるし、1mくらいは飛び上がるのだそうですが、びっくりする丸くなりますが、甲冑を着ていても、爆走する鉄の塊り(車のことです)と衝突すると勝てませんので、ミズーリ州の南部あたりから南では道路わきに轢死体が転がっていることがありますが、生きたものを見るのは初めてです(写真1)。朝同じ庭にトキ(写真2)も歩いており、リスも木の上を跳ねていました。さすが南国です。悪くすると鰐も歩いている可能性も無きにしも非ずです。

 

 

写真1(アルマジロ)

 

 

 

写真2(トキ)

 

 

 

 さらに北上を続け、I-75を北上すると、前回も採集したパーキングエリアでまた、赤の巣に遭遇します。大きなペカンの木にいっぱいありますが、高いところなので採れません。車の上に登ってもとれないので、公園のメンテをやっているお兄ちゃんの車が高かったので上に乗せてくれと頼みましたが、俺は仕事しないといけないから、勝手にやってくれと、にべもなく断られたのですが、見ると芝刈り機のように大木を切っていく巨大な機械が巣をたくさんつけた木を狩り倒しているので、そこに近づいていったら、危ないとどなられました。ちゃんと説明したではないかと思いましたが、風流を理解しない男と喧嘩しても始まらないので、そのまま現場を立ち去るのと入れ替わりに、パトカーがやってきました。どうやら通報したようですが、知らん顔でハイウェイに戻りました。

 

 さて、これで目標のアメリカシロヒトリの採集は達成。ここからコオロギハンティングのモードに入ります。1-2化の境界の北ではもうアメリカシロヒトリは採れません。日本からアメリカに侵入したツヅレサセコオロギが新しいターゲットです。しかし、前回採集した場所に行ってもあまり鳴いておらず。結局1匹もとれませんでした。しかし、前採ったところは見ないで過ごすわけにはいきません。それで、ジョージア州のほぼ中央にメーコンという町がありますが、そこから前回採ったノース・カロライナ州シャーロットの隣町ガストニアを目指しました。

 

 ナビで言うとおりに方向をとったら、長い暗い道のあとサバンナという案内が出るではありませんか。嘘だろうと思ったが後の祭りです。12時半くらいの方向を目指したら車は4時の方向に走っていました。この方向の違いは45時間走った後ではとんでもない距離になってしまいます。私は乱視があるから疲れてくると道路の白線が2本に分かれて見えてくる。中央線と側線はしたがって4本の白蛇が戯れているように揺れて走路が分からなくなります。サバンナを北にはねてサウスカロライナに上がっていきますが、真っ暗な夜道を確かな道案内もなく走行するということになりました。何とかシャーロット南の方についたときは深夜を回っていました。ホテルの予約はありません。開いているかどうかは運しだい。でも運は味方しました。とにかく泊まれた・・・。でもそこでも、朝になっていきついたガストのホテルでもツヅレサセコオロギは採れませんでした。

 

 あとは、前回採ったところで残っているのはアトランタの南西のニューナンというところです。それで、またカーナビを信用して、従ってついて行ったらまた大きくずれてしまって、結局アトランタに戻り、今度は私の勘だけに従って目的地に着きました。しかし、コオロギはまたしても取れず、此処でコオロギの採集にピリオドを打ちました。最後の一日はアトランタの北東方向のアセンズ(アテネのこと)にあるジョージア大学に向かいました。ここにWashigtonの友人John Brown の初めての学生で、同じ姓のMark Brownの電話番号をJohnに聞いていましたから、朝電話をかけましたが出ませんでした。イチかバチかでともかく出発し、大学に入ったところでもう一度電話したら何とか通じ、来いというのでそちらに行き、彼の実験室を訪ね、大いに議論をして、目的を達しました。Mark69歳で一つ上です。隣にJudy Willisという83歳の女性研究者(写真3)がいましたので彼女ともよもやま話をしました(いろいろな共通の知り合いの話など)。アメリカでも総合大学に女性の入学を受けいれた歴史は短く、多分Judyが初めてくらいのハーバード大学の女学生だったのだろうと思います。まだ、研究室に来て論文を書いていました。日本の大学が定年の研究者を追い出すのと比べれば恵まれていますね。そう話すと、もし自分がそういうことになったら多分パニックになると思うわと語っていましたが、現実はその通りなのです。賞味期限の切れた食べ物もちゃんと考えて使えば使えるものを!

 

 

写真3(Willisさん83歳)

 

 

 

 帰りは翌日早朝出発のことを考え、空港の近くですぐのところにと泊まりましたが、レンタカーリターンの案内を見落とし、時間をロスした後、出発ゲートにはこのバスを待てという指示にもかかわらず、バスは来ず、焦ってモノレールに飛び乗り、10分過ぎに到着。そうしたら出発も遅れ何とか、SFOに向かいました。国際便なのにdomestic terminalからの出発です。ともかく、あまりuser friendlyではありませんので、皆さんも次の時はご用心。そうしてロッキー山脈(写真4)を超え、大阪に戻りました。5日です。

 

 

写真4(ロッキー山脈)

 

 

 

 さて翌6日は熊谷です。やれやれ忙しい2週間でした。教訓です。準備は周到に、余裕をもって。そして友達を大切にすることです。いつ助けてもらうかわからないですから。チャレンジは続けましょう。Think positive!