2017年10月25日

読書の秋

 

読書の秋ー

 運動会は大変盛り上がりましたね。体育の次に今度は子供たちの知育について考えてみましょう。

 

 最近、面白い本を読みました。アメリカ、マサチューセッツはボストンにあるタフト大学というところのメリアン・ウルフという人の書いた、プルーストとイカというタイトルのもので、副題に読書は脳をどのように変えるのか?とあります。前回イカのはなしをしましたが、イカがまた出てきます。なぜイカかというと、これは節足動物の昆虫やイカの属する軟体動物などと人の神経細胞の茶外に由来します。昆虫や軟体動物の仲間では、ヒトなど大型動物とは違って神経の電気が通っていくところ(軸索といいます)に被覆がありません。電気の電動度を上げるのにこの被覆が役に立っているのです(大きな動物のばあいそれは小さな動物より死活問題になる)。

 

 しかし、小さな動物でも早く逃げたりするために、神経の電動度を高める必要がある場合があります。その時これらの動物は被覆がありませんから不利になりますが、それを回避する方法が一つあります。「電流は抵抗に反比例する」オームの法則です。つまり攻撃を受けてから逃避に必要な時間を短縮するためには、軸索を太くする(抵抗が小さい)とよいのです。そのような特徴が、生物学の研究にも寄与し、そうして太くなった軸索を使った研究で、神経活動がどのようにして誘導され伝達されるかということがわかりました。最も太い軸索はイカやゴキブリの尾毛の巨大軸索とよばれるものです。イギリスのホジキンとハックスレイという人たちがイカを使ってノーベル賞をとりました。

 

 著者の息子には読字障害(ディスレクシアという)があり、それを息子自身の息子の発達の障害としてだけでなく、神経生物学者としても解明しようとしました。それでこういうタイトルがつけられました。特にイカの話ではないのですが。マルセル・プルーストはマドレーヌを食べておばあさんを思い出す有名なシーンで始まる「失われた時を求めて」の著者です。

 

 

 第一部では脳はどのように読み方を学んだか?というテーマで直立歩行をするヒト族(ホモ・エレクタスの出現)と脳の急速な発達の約200万年に比べ、字の発達とそれに基づく文化の伝承が僅か数千年(最初の本格的な文字は、楔形すなわちシンボルではあったが音声的しかけを含む紀元前30世紀ころから肥沃な三日月地帯でペルシャ湾岸の都市国家を形成したシュメール人のもので、紀元前4世紀ころの発明)の歴史しかないこと、アルファベット(完全な表音文字、本格的なアルファベットの起源はギリシャ)や漢字(形と意味を象徴するロゴシラバリーの文字)の成立史が語られます。つまり文字の発明が人間であるところの何かを変えたのだという主張。

 

 第二部は子供の字を認識する神経生物学的な現象を紹介します(最近の脳科学はMRI=magnetic resonance imagingなどの技術的発展に支えられて非侵害性に=解剖などしなくてもよい=、いろいろなことがわかるようになってきた。刺激への応答が外部から調べられる)。子供の脳の発達にはそれなりの準備が必要で、やたらに早い時期から外国語を教え始めてもそれは有害な効果しか与えないことなどが紹介されています。

 

 4歳くらいの子供はさまざまな新しい能力を獲得します。生物と非生物の認識、社会関係の認識(嘘をつくことも覚える)、知覚の先鋭化などです。英語圏では子供の言葉の習得が生後2000日くらいから重要視されますが、そのころまでは軸索の被覆(ミエリン鞘という)が不十分にしか発達していないというところに物理的困難があるのです。脳の中で、神経細胞の結合(シナプス形成)とカセット化が高い段階に進んでいくプロセスが重要で、その段階に対応した援助が必要だと論じます。お話を読んであげることの大切さはここでも強調されています。そして、彼の著書「言葉」にサルトル自身が書いているように、「家なき子」を隅から隅まで覚え、そして本を与えられたとき、彼はそれで独自のシステムが一気にわかってしまい「最後のページをめくったときにはうれしくて気が違いそうになった」というのはやや極端なケースかもしれないが、このようにして子供は自分で自分の中に読字システムを解読してしまうのです。

 

 アルファベット脳と漢字脳では処理する部位が特殊化していて、日本語のように漢字のようなロゴシラバリーと、ひらがなカタカナのようなアルファベット的な要素両方を持つ言語では、脳のハードウェアの形成も変わってくるのだそうです。つまり脳には可塑性があるということです。コオロギの脳を風流に聞く民族と雑音に聞く民族があるというのは有名な話ですね。もし何らかの原因でその発達がうまくいかない場合に可塑性のある脳は違う構築に入ってしまい、そういう時にディスレクシアが導かれてしまいます。このような子供は、社会生活を送るときには、拒絶されることが多く、問題が生じることが起きるが、このような子供は時に非常な大きな才能を発揮する場合があるので、事情をよく理解し適切な指導が求められるのだそうです。数学のガウゼ、物理のアインシュタイン、画家ピカソ、ルネサンスの天才レオナルド・ダビンチ、彫刻家のロダン、建築のガウディ、発明王エジソン・・・とこのリストは続きます。

 

 第3部はディスレクシアの子供の問題と対処が述べられています。早く見つけて適切に指導することが重要だと強調しています。

 

 最後は、このように最も複雑な処理の要求される読字という作業が現在の電子頭脳の進展によってどのような帰結をもたらすのか?機能的に完結したアルファベットはギリシャアルファベットで生まれ、これにより西洋文明の基礎が築かれました。しかしこの転換期に、ソクラテスは字による伝達を否定して、口承と問答を重視しました。プラトンは師アリストテレスの言葉を書き伝え、その弟子アリストテレスの書物による総大成を助けました。このように字の両義性についての警鐘で本を結んでいます。

 

 私たちの子供たちは、スマホなどのメディアによって親の世代が経験した新聞などによる伝達様式と異なったシステムの中で育っています。そのことはこれからの私たちの知的世界をどう変えていくだろうか?社会学的な関係をどう変えていくだろうか?これらはまだ誰も回答を与えられない設問です。子供のころの空想の世界や、冒険談が少年の心に重要な力を与えることは、私も前回も申しましたが、バーチャル・リアリティの中に住むようになるこれからの子供たちに、かつての社会が与えてきたような創造性をはぐくむような装置をどう与えていくのか?人類の歴史には口承があって読字があり、これが脳を大きく変えてきたわけですが、今またコミュニケーション構造が変わってきたとき、これが次代をどう形成するか考えなければいけないという指摘だと考えられます。定価も2400円なので手頃かとおもいます。推薦します。