2018年5月8日

宇都宮動物園への遠足~ドリトル先生物語~

 新しい年度が始まり、早いもので1ヶ月を経過してしまいました。読者も変わっていくので、重複を恐れず「園長の談話室」の新しい章を始めます。今年度もどうぞよろしく。

 

 

 

 2人目の孫娘が連休に遊びに来ていました。生後3ヶ月で外の世界に対する興味の発達が日に日に目に見えてたどれるのは、大変楽しいことです。子供の脳に神経細胞(ニューロンとよびます)の数の増加と、突起(軸索といいます)のネットワークが形成され、刈り込まれ、システムと機能的なユニットの分化と強化が形成されていくのです。これから、言葉が発せられ、立ち上がって歩行や摂食活動が活発になっていくでしょう。

 

 

 この時期から幼稚園におけるしつけや訓練に入る前には、家庭内で子供と、お母さんやお父さんとの間に愛情と、しっかりした信頼関係が形成されなければなりません。子供と一緒に遊んだり、一緒に食事をしたり、ボディ・コンタクトも重要な要素です。

 

 

 3-5歳には、子供は言葉を覚えます。この段階では字を覚えたり、読んだり、書いたりすることを学びます。母国語をしっかり身に着けることが重要です。一つの言葉をしっかり勉強する前に外国語を始めるのは、言葉のシステムの混乱をきたすといわれています。言葉は、音や字、意味、強弱、トーン、流れなどいろいろな要素を含み、脳内でかなり複雑な処理を受けますが、可塑性もかなり高いといわれています。情緒や、科学的思考における概念を形成したり、思考のパターンの形成も言語に強く依存するので、この時期の子供の教育の意味は非常に大きいものがあるでしょう。

 

 

 ボディ・コンタクトの時期から言語習得のプロセスで非常に重要な役割をはたすのが、物語りであるというのは教育心理学ではよく言われることです。「語り」に絵のついている絵本や紙芝居を使って就寝前の子供たちにお話を読んで聞かせることは、色々な意味で重要です。私が子供を育てるときには、私が上向きに寝て、腹の上に子供を乗せ、でまかせで色々な話を聞かせながらゆすってやりました。そうするとみんなすぐに寝付いてしまいました。昔話というのもこうして、でまかせに口承で伝えられてきたのでしょう。私は、1冊ずつノートを作って毎年子供の誕生日にはその時のデータ(体重や身長など)とともに、行動の変化(新しくできるようになったことなど)と、小さなお話(詩のこともありましたが)をつくって記載しました。それまで、そんなことはしてこなかったのですが、子供に対する気持ちというのはすごいもので、やってみれば比較的簡単にできるものです。

 

 

 優れた絵本はたくさんありますが、逆に多すぎてどれにしたらよいか悩むかもしれません。そこで、私の経験からいくつかを紹介するのも悪くなかろうと考え、今回は、今月の宇都宮動物園への遠足にからめて、「ドリトル先生物語」を紹介しようと思います。

 

 

 この本は1920年にはじめて出版されたもので、アイルランド系の血もはいったイギリスのヒュー・ロフティングという人の書いた本で、日本では岩波少年文庫というシリーズの中に入っています(私のコピーを鳥小屋の隣の新棟に置いておきますので、読んでみたい方はどうぞ持って行かれて構いません。読み終わったら戻しておいてください)。

 

 

 初め石井桃子という有名な児童文学家が自分で訳して文章の名人、井伏鱒二(「黒い雨」の著者。直木賞、文化勲章など受賞。)を説得し、翻訳させました。したがって、とても読みやすい日本語で書かれています。作者ロフティングも面白い経歴の持ち主で土木・建設関係の仕事で、アメリカや、キューバや、いろいろな外国に行きました。子供の時から動物が好きでした。それだけでなしに、ところどころに挿入されている挿絵も彼のサイン入りで、とても上手です。さて、主人公、ジョン・ドリトル博士は(Dolittleはあまり何もしないという意味ですね。私はのたり博士と名乗っていますが大体同じ意味)、はじめ医者で、人間の患者を診ていました。金もうけや、権威・名声には興味がなかったのですが、動物語(昆虫語も!)がわかる人で、困っている人や動物の世話のためにいつも時間を忘れて働いていました。それで世話になった動物は先生のことを尊敬して、先生が困っていると命がけで先生を助けるのです。

 

 

 先生はパドルビーというところに1エーカー(2000m2くらい)の広い庭のあるお家に、病気になったり虐待されていた動物たちを引き取って一緒に暮らしています。助手として靴屋の子供のトミー・スタビンスと、時々警察に厄介になる猫肉屋のマシュー・マグとその奥さんのテオドシア、それに家政婦の役のアヒル、会計係のフクロ、犬、豚、古老のオウム、白鼠、情報屋のスズメなどがみんな名前をもらって一緒に住んでいます。アフリカでもらってきた頭の二つあるイキツモドリツという奇獣もいます。先生の名前は動物の間ではあまりにも有名なため、世界中から助けてもらうため、要請が来ます(月からも!)。

 

 

 そんなことで、最初のお話はアフリカ旅行です。いろいろ冒険があり航海の中で借りた船を壊してしまい、弁償のために動物サーカスなどをしたり、月旅行をしたりいろいろな冒険をやっていきます。その中で、見栄をはったり、お金のためにヒトがいかに醜い争いを続けるかということに対する子供のように純真なドリトル先生の生き方と警世の言葉がふりまかれ、教育的にも優れた読み物になっています。これが書かれた頃にはきっと誰も思いつかなかったこと、科学的な知見なども現れてきて目を見張ります。カナリアを例にとったフェミニスト的な議論もでてくるし、月では植物が植物語で話し合っているなどと書かれています。最近植物が揮発性の化学物質でコミュニケーションをとっているということがわかってきましたが、そのようなことが書いてあるし、フランスの香水屋が犬の嗅覚を香水開発に使おうとしてジップと呼ばれるドリトルファミリーの犬を使うのですが、犬は匂いの混合についてひとしきり講釈を打つのですが、これも、少し前に聞いたコーネル大学のワイン学(エノロジーといいます)の教授の話を思い出させます(ニューヨーク北部もよいワインの産地で、Taylorなどの有名ブランドがあります)。ドイツの有名な白ワインでリースリングというのがありますね。フランスの標準の白ワインはシャブリというのですが、リースリングの香りというのはシャブリのそれにちょっとだけ灯油の成分と猫のオシッコの成分を足したものだというのを思い出しました。空想の世界のはずなのに正しいことが書いてもあります。

 

 

 このお話は、弱い動物や子供、下級の階層の人々(イギリスは結構身分性が残っている。何しろ女王がいるのですからね)に対する暖かい思いやり、そうして正しいと思うことは嫌われたり、無視したりしてもそれをやりぬく気概と勇気、そして創意によって実現できるということを私たちに告げます。そして、仲間に対する尊敬と友情、献身、思いやり、つつましさ、こうしたことをいっぱい学ぶ機会を与えます。ロフティング自身は恵まれた階層出身の人に違いないのですが、いろいろなところでいろいろな経験をしたことによって、公正なものの見方を身に着けたのでしょう。若い時の海外経験は大事ですね。全部で13冊ありますが、易しく読みやすい文章ですからチャレンジしてください。1冊ずつ独立したお話としても読めますから、どこから始めてもいいと思います。