2017年12月8日

天才について考える

天才について考える

 

 

 10月に幼稚園の芋ほりをやった後、浜松町の文化放送というところで、詩人のアーサー・ビナードさんとの対談を収録しましたが、熊谷から行くと時間が余りますので、上野で降りて国立美術館の運慶展を見てからスタジオに入りました。たくさんの人が鑑賞に訪れていましたが、展覧会自身もなかなか立派で、運慶の作品もたくさん展示されており、かなり優れたものでした。

 

 

 さて、運慶は間違いなく天才なのですが、私は特に、木彫としてはかなり巨大な、広大な暗黒の虚空に輝く北極星をにらんでいるような姿勢の広目天像にうたれました。このような超絶した圧倒的な魂の発露は、アンドロメダ星雲の渦巻きをもって例えるしかありません。その渦の中に自分も吸い込まれていくような、冷たい恐怖!

 

 世の中にはたくさんの天才と呼ばれる人がいます。若いころからきらきらとした才能を発揮していく人もいれば、北斎のように自らを画狂人となのり、死ぬまでぎりぎりの戦いを続けた人もありました。湯川秀樹博士も天才について語っています。でも、運慶にしても、湛慶という優れた父親がおり、弟子に快慶がいたというその状況にも私は注目します。湯川さんにしても高校からの同級生に朝永振一郎博士、京都では小林‣益川さんの先生になる坂田昌一氏やその先生筋の仁科芳雄という人たちに囲まれている・・・私はそういう醸し出すものというものに興味を惹かれます。

 

 

 宮沢賢治が農民講話で、「ああ、誰か来て私にいへ、億の巨匠が並んで生まれ、そして相侵さない、そういう世の中が必ず来ると」(記憶で書いているので間違っているところがあるかもしれない)と言うような、天才は遺伝的な構造物で、これは、誰にでも真似はできない・・・でも、おそらく天才は周りに影響し、ほかの才能が伸びていく環境も開拓していくものではないかと思います。そして、そのような渦を私たちはうまくすると助け、多くの巨木がそだって行く環境を作り出すことができるかもしれません。

 

 

 百里を走る馬は古代まれなり。しかし、それよりまれなものは、それを見分ける目を持った優れた伯楽だと中国の故事は言います。然りです。しかし、それは名馬と伯楽の一対一の関係だけではないだろうと私は思います。アンドロメダ星雲のように渦を巻きます。私たちの子供たちが、その小さな体と命と魂の中にそれぞれが光るものを持ち、さらにそれが引き合ってまた新しい力が生まれていくよう、先に人生を歩いた者たちが何か手助けができるならば、素晴らしいことです。

 

 

 子供たちに感動を与えるために、私たちはまず私たちのうちに感動をする心を育てなくてはなりません。美しいものを見つけ育てなければなりません。正直でそして、正しいことと誤りを認める力を持たなければなりません。それを子供が学び、そして今度は子供が私たちを教え導きます。私たちはすでに歳をとってしまいましたが、学ぶことは歳をとっても継続します。今度は子供の力が導きの灯となるかもしれません。

 

 

 私が今兵庫県で、廃園になった保育園を借りて、昆虫の資源開発のための研究所とクリケット・ファームを建設しているところには、すでに霜が降り、後ろの山には雪が降りました。2017年は暮れていきます。4月から参加させていただいているピノキオ幼稚園の活動も春から、夏へ、そして秋を終えて最後の季節に入っていきます。まだまだ子供たちとの対話の機会は多くありませんが、よく考えて新しい手を考えていきたいと思います。お父さんお母さんたちとの対話の機会もまだあまりありませんが、もう少し何かできればいいなと感じます。何か提案があればお聞かせください。

 

 

 12月14日から18日まで上海に行きます。私の前の学生が華中師範大学というところに就職しましたが、彼は日本ではツヅレサセコオロギの種分化の問題を扱いました。サンプルを渡し、これからの発表計画について議論してくる予定です。ツヅレサセコオロギは中国では闘蟋(コオロギ相撲のこと)に使われるものですが、これがアメリカ合衆国に持ち込まれ非常に普通のコオロギになっています。Japanese burrowing cricket(ニホンアナホリコオロギというような感じ)と呼ばれますが、この辺のお話は機会を改めます。私は中国の山東省でおこなわれているコオロギ相撲の全国大会みたいなのに参加したことがあり、You Tubeもとっているので、興味のある方にはお見せできます。なかなかすごい相撲を取るのですよ。  

 

 

 ちまたでは、インフルエンザも流行り始めたようです。風邪にご注意ください。